確定申告期の怒涛の忙しさを抜け、やっと一息。
前から気になっていた本を手にしました。
『ゆっくり、いそげ』 影山和明 著(大和書房)
カフェからはじめる人を手段化しない経済
2015年に発行され、ビジネス書としてベストセラーになっている本書ですので、すでにお読みの方も多いと思いますが、これから起業しようと思われている方、あるいは起業したものの、何か違うという違和感や迷いを感じておられる方に、ぜひお薦めしたい本です。
“ゆっくり、いそげ”
一見矛盾する、禅問答のような題名です。
コスト・時間・労力を出来る限り削減して利益を追求することを「ビジネス」と位置付ける現代においては、その反動、アンチテーゼとして、少ない収入で等身大の充足感を得ようとする「スローライフ」を提唱する流れがあります。
しかし著者は、そのどちらでもない、間をいくものが存在し得る、と言います。
私はこれまで、たくさんの起業家の方とお会いし、その起業に対する想いをお伺いする機会をいただきました。もちろんお金儲けをしたい、一発当てたいと思って起業される方もいるでしょう。でも、多くの起業家は、「人の役に立ちたい」「こうすれば社会がもっと良くなる」という想い・夢を持って始められます。しかし事業を継続させるためには、売上・利益を上げなければならない…前述の「ビジネス」の追求です。ここでジレンマに陥ります。人のために、社会を良くすることを目的として起業したはずが、いつしか人(購買人)を利用価値として捉えてしまっていないか?
その矛盾感に対する答えとして、著者の次の提言がひとつの可能性を示してくれているように思います。
~(以下要約)あらゆる人の中には「消費者的な人」と「受贈者的な人」両方の人格が共存し、状況によってそれぞれが発現する。…「消費者的な人格」とは「できるだけ少ないコストで、できるだけ多くのものを手に入れようとする」人格。…人が、いい「贈り物」を受け取ったとき、「ああ、いいものを受け取っちゃたな。もらったもの以上のもので、なんとかお返ししたいな」と考える人格…「消費者的な人格」とは真逆の働きをする…これを「受贈者的な人格」と呼ぼう。…問題は、お客さんの中に眠るどちらの人格のスイッチを押すかということ…いいものを提供すること(本書では、くるみ餅をいい出来のおやつとして提供すること)は、お客さんの中の「受贈者的な人格」スイッチを押すことになるかもしれない。いいものを受け取っちゃったな、受け取っているものの方が多いな、返さなきゃという気持ち―『健全な負債感』を背負わせること、それは必ずしも義務感ということでもなく、本当にいいものを受け取ったとき自然と芽生える返礼の感情とも言える…こうした『健全な負債感』の集積こそが財務諸表にのることのない「看板」になる…~
仕事は“テイク”ではなく“ギブ”から始めよう、と著者は主張しています。売上を上げること、もっと言えばお金儲けをすることが、人(購買者)から“テイク”することとして矛盾を感じるなら、仕事は“ギブ”(贈ること)から始めればいい。そのためには、良いもの、良いサービスを提供すること。そうすることによって、お客さんはこのお店のこの商品を繰り返し買おうと思うし、またサービスを受けようと思う。あなたが提供するもの・サービス(それが良いものであることを前提にして)には、適正な値段を付けて対価をいただいていいのです。そして安易な値引きをしてはいけません。著者が触れているように、安易な値引きはお客さんの中の「消費者的な人格」(もっとお得に購入したい欲求)にスイッチを入れることになるからです。
お客さんの立場になって考えてみると、店員さんに「ありがとう」と言っているかなぁと思い出してみます。例えばスーパーに行って買い物した後、売り出し品が手に入れば、「得したな」という気分にはなりますが、レジで「ありがとう」と言うかといえば…言ったり、言わなかったり…。でも洋服屋でプレゼント選びに悩んでいたとき、店員さんが一緒になって選んでくれたら、自然に「ありがとう」という言葉が出てくるような気がしませんか。ひとは、価格以上の何かを受け取ったと感じたとき、感謝の気持ちと、またこの店に来たいという良い印象を持つものなのではないかと思います。
振り返って私が事業主の立場で考えたとき、果たしてお客様にありがとうという言葉をかけて頂いているか…ということを自問自答します。
仕事に対する構え方は、私も悩みながら試行錯誤の日々です。
答えはまだ、はっきりとは分かりません。
ただ思うのは、目の前の仕事に一生懸命取り組むこと。
一つ一つを大事にすること。
その心構えだけは、これからも守っていきたいと思います。
"ギブ"~贈る気持ちから仕事を始めるという提言が、ひとつのヒントを与えてくれました。
著者はマッキンゼー&カンパニーを経てベンチャーキャピタルに参画し、その後2008年にクルミドコーヒーという西国分寺のカフェをオープンしたという経歴の方です。この本はビジネス書ではありますが、ビジネス社会の中心にいた著者が、人を手段化しない経済、ビジネスとスローの間、あるいはどちらも含む経済は成立すると仮設を立てて、その実証を試みた記録でもあります。全編にわたって、著者の仕事に対する丁寧な取り組みや、人を大事にしたいという想いが、言葉の使い方、文章の組み立て方にとてもよく表れています。一字一句、大事に丁寧に読んでいきたいと思わせる本です。
私の目下の夢は、この仮説が実証される様子を確めることになりました。
いつかクルミドコーヒーに訪れて実感したい、目で、耳で、舌で味わいたいと思っています。
それにしても、このお店の水だしコーヒーやくるみを使ったケーキ、本当においしそうです!
ということで、みなさま、ぜひご一読を。